これは、ボクが小学6年生のときに実際に体験した話です。
家庭の事情で、その頃ボクは祖母の家に預けられていました。
転校先の学校で仲良くなったのが、H君(仮名)でした。
彼はとても優しくて、頼りがいのある友達でした。
転校初日、たまたま隣の席になったボクに、学校のことを色々教えてくれたのも彼でした。
ある日、ボクはH君の家へ遊びに行くことになりました。
彼の家は山に囲まれた静かな場所にあり、近くには他の家もほとんどありませんでした。
二階建ての大きな家で、中も広く、少し古い造りでした。
ボクたちはスマブラをしたり、お菓子を食べたりして、楽しく過ごしていました。
あんな恐ろしいことが起きるなんて、このときのボクは想像もしていませんでした。
H君の家には大きな仏壇がありました。
高さは二メートル近くあったと思います。
そして、その仏壇の横には一体の日本人形が飾られていました。
黒く長い髪。
白い顔。
ガラス玉のような目。
まるで生きている人間が、そのまま小さくなったような人形でした。
ボクはその人形が苦手で、なるべく近づかないようにしていました。
夕方になった頃です。
トイレへ行くため、ボクは廊下を歩いていました。
すると。
仏壇の前を通り過ぎた瞬間。
カタッ。
小さな音が聞こえました。
振り返ると。
日本人形の顔が、さっきよりこちらを向いているような気がしたのです。
気のせいだと思いました。
でも。
心臓が妙にドキドキしました。
ボクは急いでトイレへ向かいました。
帰りも仏壇の前を通らなければなりません。
恐る恐る歩いていると。
人形が。
笑っているように見えました。
口元が、ほんの少しだけ上がっているのです。
そのとき。
後ろからH君の声がしました。
「見ちゃった?」
ボクは飛び上がりました。
「な、何を?」
するとH君は少し困ったような顔をして言いました。
「その人形さ、夜になると動くんだよ。」
冗談だと思いました。
でもH君は笑いません。
「昔からうちにあるんだけどね。おばあちゃんが絶対捨てるなって言うんだ。」
その日の夜。
祖母の家に帰ってからも、人形の顔が頭から離れませんでした。
そして深夜。
ボクは奇妙な夢を見ました。
暗い部屋の中。
あの日本人形が立っています。
人形はゆっくり近づいてきて。
耳元でこう囁きました。
「とりかえっこしよう。」
そこで目が覚めました。
汗びっしょりでした。
翌日、学校へ行くとH君が休んでいました。
風邪だろうと思いました。
しかし。
次の日も。
その次の日も。
ずっと休みでした。
先生も詳しいことは教えてくれません。
一週間後。
ようやくH君が登校してきました。
ところが。
何かがおかしいのです。
顔はH君なのに。
表情が違う。
歩き方も違う。
話し方も違う。
ボクが声をかけても、以前のような笑顔を見せません。
ずっと無表情なのです。
放課後。
ボクは思い切って聞きました。
「どうしたの?」
するとH君は、ゆっくり首を傾げました。
そして。
聞いたことのない女の子の声で言ったのです。
「気づいたの?」
全身の血が凍りました。
その瞬間。
H君の瞳が、あの日本人形のガラス玉の目とまったく同じに見えたのです。
ボクは逃げました。
無我夢中で。
その日以来、H君とは距離を置くようになりました。
ところが。
ある夜。
祖母の家の電話が鳴りました。
出ると。
向こうから聞こえてきたのは。
H君の声でした。
震えた声で言いました。
「助けて。」
「俺、人形の中にいる。」
息が止まりました。
「何言ってるんだよ……」
「本当なんだ。あの日、人形と目が合ったんだ。」
泣きながら彼は続けました。
「そしたら夢の中で言われたんだ。」
『とりかえっこしよう』
「目が覚めたら、動けなくなってた。」
「暗いガラスケースの中から、自分の体を見てるんだ。」
電話の向こうで、何かがガリガリと音を立てました。
そして。
女の子の笑い声が聞こえました。
ブツッ。
電話は切れました。
翌朝。
H君の家へ向かいました。
しかし。
家はもぬけの殻でした。
近所の人に聞くと。
「何年も前に引っ越した家だよ。」
と言うのです。
意味が分かりませんでした。
だって昨日までH君は学校にいたのです。
混乱したまま学校へ行くと。
先生に聞きました。
「H君は?」
すると先生は不思議そうな顔をしました。
「H君?」
「そんな子、この学校にいたか?」
クラスメイトも全員同じ反応でした。
誰一人としてH君を覚えていません。
卒業アルバムを開いても。
H君の写真だけがありません。
名前もありません。
まるで最初から存在しなかったみたいに。
ただ一枚だけ。
集合写真の端に。
小さく写る日本人形の姿がありました。
その顔は。
こちらを見て笑っていました。
そして写真の裏には、赤い字でこう書かれていました。
「つぎは、きみ。」
ちなみに、この話にはまだ続きがあります。
卒業から十年以上経った今でも。
夜中の三時になると、ボクのスマホに非通知の着信があります。
出ると必ず聞こえるのです。
暗いガラスの向こうから響くような声で。
「まだ、とりかえっこしてないよね?」
そして先月。
その声のあとに、初めて別の声が聞こえました。
泣きそうな声でした。
聞き覚えがありました。
間違いありません。
H君の声でした。
「……逃げろ。」
その直後。
女の子の笑い声が耳元で響き、
電話は切れました。
それ以来、ボクの部屋の鏡には、ときどき知らない女の子が映ります。
ボクが振り返っても、そこには誰もいません。
でも鏡の中の女の子だけは、毎回同じことを言います。
「もうすぐ、交代だね。」
もうすぐ交代です。たすけてくだうく¥sくだうさういくいうだういあああああああああああああああ