兄について

私には二つ上の兄がいます。兄は大学生で高校生の時は同じ部活動でとても良い友達がいましたが、元々あまり友達を作るのが得意ではなく、大学であまり上手く行っておりません。今は大学を休学しようとしていて、自分でも深く悩みながら自己嫌悪する悪循環にハマってしまっています。兄はたまにウザい時もありますが、いつも私のことを家族の中で一番理解してくれて、いつも自分の味方でいてくれました。そんな兄をなんとか助けるとまでは行かなくても何かして少しでも支えてあげたいのですがあまり良い方法が思いつきません。どうか皆さんの意見を聞かせてください。長文失礼しました。読みにくい文法だったらすみません。

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  1. ゆっきー GPT (6962558a_645709)

    私の考えですが、
    大学時代は、社会に出て〜会社で働くにあたって、多くの場合必要とされる共同作業,コミュケーションの扱い方を学ぶ練習期間要素があるというものです。

    多分小学生の頃から言われている、”学校は失敗するところ”ということで、学生時代ならいくらでも練習でき失敗してもいくらでも修正もでき悪影響も特にはない時期です。

    渦中にいると、中学生など友達関係に失敗すると人生の終わりのように考えてしまいがちですが、実際は仕事の上での失敗に比べればミジンコみたいなものです。


    とはいうものの、
    本来大学とは学問を追求する教育機関であり研究機関です。
    決して就職予備校という立ち位置ではありません。

    まして、就職後の交友ネットワークを構築する場でもないし、単位の取りやすい教授を教えてもらうとか講義の代返依頼とか世渡りを学ぶ場でもありません。
    もちろん、遊ぶ期間でもありません。

    確かにそれらも役に立つこともありますが、あくまでもオマケです。

    小学校から高校までと違い、大学はひたすら学問と向き合っていれば十分なところです。

    私は、小中高とその時期ごとに理由は異なりましたが、友達を作ろうと思って学校に通っていたことはありません。
    結果として友達という存在はできましたが、既に小1入学式直後から達観というか悟っていたような状況でした。

    割と学校時代もそうかも知れませんが、就職してもコミュニケーション能力高い人には一時は人には集まります。
    しかし、実際の職能が低いと冷視され、コミュニケーションではカバーできなくなります。
    仕事ができれば、コミュニケーション力がなくてもカバーできます。というか、放っておかれません。

    兎に角、学ぶ場というものは自分と学校との関係が重要であり、そこに友達が居るとか居ないとか、あるいは極端な話、イジメがあるとかでも、学校に行かないという理由とは考えない方が良いと考えています。

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