《短編読切り小説》【赦しを、どうか。願わくは】

元Twitter小説投稿ユーザーであった知り合いと、試行錯誤しながら綴らせていただいた一作です。読み切りで手軽に完読できるポケット小説。
元は「М説」として投稿しておりました。
今作では、魂の記憶と忘却の慈悲を基盤にお話が展開していきます。
『神聖さ』を感じ取っていただけたなら、それ以上嬉しいことはございません。
さぁどうぞ、ご自身の前世と魂に向き合う、素敵なひと時を。

【赦しを、どうか。願わくは】
私はかつて、天界に属する下級天使であった。
光に満ち、秩序と祈りに包まれた世界の中で、私は小さな役割を担っていた。
毎日、女神からのお言葉に従い、人間の世界に住む者たちに恵みを与えること。
それは単純でありながら、最も深い喜びのひとつであった。
私が愛したのは、一人の女性と、彼女の育てる花。アンジェリケであった。女神のお言葉を通して、私はその花に恵みを授け、咲かせることができた。私は、花を愛し、育て上げる女を見守り、彼女の願いが生まれる瞬間を神聖な心で迎えた。
しかし、ある日、私は知った。女の願いは、この世界に新たな命をもたらすこと。
その瞬間、私は決意した。私は、その子となる。天使としての私の存在は、人間として生まれることによって新たな形へと変わるのだ。私の魂は天界の記憶を抱えたまま、母となる女のもとへ降り立った。
年月は静かに流れ、私は人間として生きた。
母の喜びや悲しみを近くで見守り、彼女の願いを叶えることに心を尽くした。
しかし、母が怒りに満ち、他者を傷つけることに快感を覚えるようになったとき、私は胸の奥に共鳴と切なさを覚えた。
かつての無垢な光は薄れ、愛に溢れた微笑みは遠くなった。
それでも、私は天界の光を思い出し、母の中に残る微かな善を信じていた。
やがて、私の体は重い病に侵される。
夜、病室の窓の外に眩い光が疾走するのを見た。その幻影を魅た。
その光は天界の呼び声であり、私を迎えに来たもの。
私は理解した。もう、ここでの存在を終えるときが来たのだと。
私は死んだ。
静かに息を引き取り、形ごと、存在ごと、世界から消えた。
人々の記憶からも、私の存在は消える。
悲しむ者は誰もいない。これは優しい行いであり、母に最後の幸を与えるための選択であった。
そして私は天使として再び立ち上がる。
かつての母のもとへ舞い降り、記憶を残す唯一の者である母と再会する。しかし、私たちの関係は変わってしまった。
手を伸ばしても触れ合うことはできず、肌の距離はあっても、届かぬ神話のような存在となった。それでも、私は母に最後の幸を与える。
その幸は、天使ではなく、普通の子供として現れる。私はそっと、母の祈りに応えながら呟くのだ。
「どうか世界が私を忘れてくれますように」
その言葉と共に、私は光となり、天界の記憶を抱えながらも、母のもとで再び守護の役割を果たす。
触れられないけれど、永遠に続く祈りの中で、私たちの絆は神話として生き続ける。人々は忘れ、時は流れ、しかし母の心の奥には私の光だけが、静かに残っている。
私は天使であり、母の願いを叶える者であり続ける。光と影の間に揺れながら、命と記憶を紡ぐ者として。これは名のない物語であり、永遠に消えることのない神話である。
きっと。そう、きっとだ。

完。

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